朝。雪渓を吹き抜ける冷風が頬に心地いい。
空が白んでくると、すでにDフェースに向かうパーティーが見える。
一つの忘れもので計画が台無しになる可能性があるので、出発前に念入りに装備を確認する。なにせ今日は壁、雪渓、岩稜、ガレ場とあらゆる状況がつまっている。
朝の雪はしまり、アイゼンが気持ち良い。
バイルを頼りにシュルンドの淵を降り、富山大ルートの取り付きへ。
リッジを奥に回り込むと、大きく迂回してきた朝の先行パーティーが、ちょうど登攀を始めるところだった。おじさんは、奥の方にもルートがあるよ、と言う。
確かに奥のフェースも形状は豊富なようだ。
ここを自由に登れたら楽しいだろうなあ。
先行の後をついて登ることになれば、ルーファイの楽しみすらなさそうに思える。
はらりさんの提案で、腹が決まる。
先ほどのおじさんから、「そっちのルートはアブミがいるよー。」と声がかかる。「カムじゃなくてアブミ持ってきたらよかったのにねえ。」
別に既成ラインを登るわけではないので・・という言葉が出かかるが、おそらく善意のアドバイスなのだろう。ありがたく受け取ることにして、そのまま登攀にとりかかる。
岩は予想以上に堅い。
気持ちよいフリクションが決まり、ぐいぐいと高度を上げる。
隣を見ると、先ほどのおじさんが右往左往している様子。
「今ロープは何m?」
「15mです!」
「2P目、トポには何て書いてある?」
「『40m』とありますね」
「うーん、じゃあここじゃないなあ。どっち行くんだろう・・」
「左じゃないですか?」
「いや、ハーケンがないんだよ。右かなあ?」
隣とクロスしそうな凹角を離れ、ホールドの豊富なフェース面に向かってロープを伸ばす。
僕たちは自由だ。
小さなレッジに上がりピッチを切る。
カムに、ハーケンを一枚打ち足す。
ハンマー代わりに使ったバイルを、ザックと背中の間に差し込む。
ATCをセット。
いつものように背中のサブザックを外す。
瞬間、背中に感じていたバイルの重みがフッと消える。
!!
振り返ると、猛スピードで落下していく金属の塊。
「ラーク!!!!ラーク!!!!」
足元のハングをかすめたバイルは、下の雪面で何度かバウンドした後、派手な音を立てて、対面、Cフェース側のシュルンドへと消えていった。
幸いにもはらりさん、そして隣に取り付き始めた学生パーティーとも無事なようだった。
足元が少し震える。
クライミングシューズのまま苦労して雪渓をわたり、シュルンドの奥に潜ってバイルを拾ってくれたはらりさんから、バイルを受け取る。雪のおかげだろうか、どうやら石付きに傷がみられる程度で、問題なく使えそうだ。
いっとき感謝と申し訳なさでいっぱいになる。これがなかったら長次郎を降りることができない。つまり、ここで敗退となるところだった。隣のパーティーに気を取られたり、ロケーションに浮かれたり、朝から注意が散漫になっていた自分を戒める。
バイルにスリングをかけて、落とし止めとする。はらりさんの労力にこたえるためにも、ここは冷静に、冷静に、登攀に集中しなければならない。
2ピッチ目ははらりさん。
難しそうなハングを順調にこなし、ぐいぐいとロープが伸びていく。
3ピッチ目、富山大ルートの方向に出ることにする。
ここからはリッジ通しの方が面白そう。
高度感のあるリッジを交互に突破すると、徐々に個性的な岩峰が見えてくる。
あのDフェースが、もうほとんど僕たちの足元にある。
はらりさんに続いてピークに立ち、固い握手!
やったー!
軽い食事をはさみ、爆発した喜びをしずめる。
まだまだ半日は危険な縦走が続く。
無事に本峰までたどり着けるだろうか。
さあ八ツ峰へ。
「僕たちは自由だ」って、良いですね。
返信削除いやー自由に登れるっていいもんですね。
返信削除カムってのはすごい発明だと思います^^