2014年9月15日月曜日

北岳バットレス第四尾根敗退記:その3


テラスではじりじりとした待機時間だけが過ぎて行く。

すでにここに到着してから1時間以上。
徐々に敗退の可能性が現実的になってくる。

周囲のパーティーと、敗退可能な場所・敗退ラインについての詳細な検討をはじめる。

時間的にもあと2ピッチ、ピラミッドフェースを超えたコルあたり。そこが最終判断ポイントだろうという見方で一致した。

まだ可能性がゼロになったわけではない。
もとより15時間行動を覚悟してきたわけで、頂上直下の歩きがヘッデンになることは想定の範囲内。

少なくともあと1ピッチでもいいから上部岩壁に登ってみたい、僕はそう考えていた。お互いここに来るためにあくせくとやっていた僕としては、「自分を納得させるための区切りが欲しい」という気持ちがどうしても捨てられなかったのだと思う。

一方、時間が経つに連れて、先ほどまでヤル気だったパートナーは、どんどんネガティブな様子になってきた。





(別の尾根を詰め上がってしまい、大トラバースをしているパーティー)


ここで起こったことについて、僕の思いを詳しくは書かない。

あとで彼の認識を知るにいたって、僕が記憶している事実とはあまりに違ってびっくりしたが、やっぱりここまで一緒に苦労して来た仲間なので、ここで何かを指摘するべきことではないと思う。

ただ事実だけを記すと、ジェラ氏からは「登頂できるかどうかかなり不安だ。どうせ登頂できないなら早めに敗退した方がいいんじゃないか。ただ、どうするかはリーダーが決めて欲しい」という話が出され、僕は、「まだ完全にダメになったわけじゃないのだから、あと1ピッチ行って敗退を検討しましょう」ということを答えた、というところだ。

彼の言葉を文字通り「敗退の相談」と受け取り、それに対してリーダーとしての考えを返した僕。一方、ジェラ氏にとってこれは敗退の「お願い」だったのかもしれない。

「相談を受け入れて検討したが、やはりあと一ピッチは行っても全然問題ないだろう」と判断した僕と、「不安から敗退のお願いをしたのにリーダーは頑として聞かない」と捉えたパートナーとの間に、噛み合ない会話が何度も繰り返された、というのが客観的な実態のように思う。








そうこうするうち、時間は13:30。ついに順番が回ってきた。

素早くクラックにビレイ点をセット、お互いのロープを確認し、一歩を踏み出す。頭の片隅で「この先の敗退のタイミング」を意識しながらも、目の前のラインを見上げる。

<ここからはヤマレコ日記を転載>



10人前後のクライマーが次々に敗退を決めて行く中、散漫になりそうな精神を集中。1時間半待ってようやく手にした順番なのだ。通勤電車で何度も何度も読みこんだルート情報にあったあの核心クラックが、いまここにある。

まさにクラックに右手を差そうとした瞬間。「私ははっきり言ってモチベーションがゼロです。まったくヤル気がなくなりました。」と唐突に宣言するビレイヤー。


(中略)

先ほどまで一緒に頂上を目指して、このクラックをやってみたいとさえ言っていたパートナーが、今は降りたいと言っている。


頻発する落石、怪しい支点、視界をさえぎる霧。下降するにも心理的なプレッシャーがありうる状況。モチベーションが切れたというパートナーと、二人で安全に帰らなければならない。あと1ピッチ、僕の希望につきあってください、という個人のエゴを通す理由はなくなった。

ここが僕にとっての「タイミング」でした。


さて、もう結論は決まった。

貴重な休み、持てる時間と労力を費やしてここまで頑張ったが、全てをやり切らないままに終わってしまった。心のどこかではたぶんこうなるだろうとわかってはいたが・・。

心にうずまく葛藤を沈めるための、ほんの数秒間の逡巡。

意を決して後を振り返り、敗退の決断を伝える。
後続のためにビレイ点をすばやく撤去。
驚いた様子の次のパーティーに場所を譲りました。


(次で最後・・の予定)

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