2014年9月27日土曜日

富士山


えー40才を迎えました。
四十路。不惑。またの名を・・初老

諸先輩方の話を聞くとね、もう色んなことが右肩上がりにあがる年じゃないそうです。
「下向きエスカレーターを逆走している」状態だと。

三十路になった時は激しく落込んだ僕ですが、さすがに学習して、38才くらいから自分を「40代のオッサン」だと思い込むというメンタルトレーニングを積んできたおかげで、落ち着いて節目を迎えられました。


日付が変わる瞬間を迎えたのは終電の中。そして休めるはずだった誕生日は仕事まみれで終了。これはイカンということで、40代記念に富士山に登ってきました。


金曜日、遅くに会社を終えてからザックをつくり、車を飛ばす。
吉田口に着いたのは0時ちょうど。

高度に慣れるため食事をしたり、登山計画書を書いたりして、0:30出発。
頂上までの高度差は1400m程度。調子が良い時の僕のペースが、高度300m/時間ということを考えると、まあ5時間程度、御来光はギリギリか。

で、実際は4時間で登れてしまいました。




一時間350mは自分にとって限界ペースだけど、ここ最近は重荷を背負っての高山ハイクを何度かできているせいで、体が慣れていたっぽい。やっぱり山も場数なんですねー。
階段に近い直登地形、日帰りの軽い荷物というアドバンテージも大きい。


ところで富士山に来たのは過去3度あるんだけど、実はまだ御来光に巡りあえていない。

一番惜しかったのは、はじめて来た中学の頃。まだ「右肩上がり盛り」だった僕は、遅れがちな家族に先行して頂上を目指したが・・渋滞に阻まれ、9号5尺あたりで日の出を迎えてしまいました。

ちなみにこの時、頂上で待っていた僕の前に現れたのは、オヤジでも弟でもなく、オカンでした。

オヤジのザックを右肩に、弟のザックと自分のザックを左肩にかけ、弟の手を引きずるように歩くその顔は、口を一文字に結んだ憤怒の表情。

⇒後日確認したところ、弟をまるごと担いで登ったということでした。


背中に炎のような朝日を浴びながら、力強い足取りで稜線に現れたオカン。逆光のシルエットはほとんど映画の世界・・






一番行きたくないっていってたのにスゲーなオイ!

ふと後ろを見ると、張り切っていたはずのオヤジがゾンビのような姿で歩いていました・・。オカン、あの時は手伝わなくてゴメンね。


ま、そんなことはどうでもよいのだが、要するに四半世紀を経てようやく御来光を見るという念願がかなったわけですよ!
願い続けりゃ実現するもんだねえ。

時間も余ったので、久須志神社で防寒着を着込み、剣ヶ峰まで。

測候所ではオジサンが「あれ!UFOですよ!UFO!さっき動きましたから!ほら、あの雲のそばにいる!」と、香ばしい会話を吹っかけてきて困った。

カップルでやって来た若いイケメンが「あれは明けの明星です。角度的にも間違いないです。」と冷静に対応。ようやく静寂が戻る。
まあ、こんなに高いところに来るとテンションもおかしくなりますよね。
ありがとうイケメン君!


角度的に地平線が見えるのか心配したけれど、ちゃんと見られましたよ。




家族のこと、山のこと、人生のこと、色々考えましたさ。
一応節目ですからね。初老の。



頂上でラーメンを食べ、子供が書いてくれた手紙を読んでウルウル。



午後に予定があったので、携帯メールをしながら走るように下山。ブル道を須走口に降りて行くという大失敗に、6合目まで気づかず・・orz

樹林帯が切れかかっている辺りまでなんとか登り返す。ガレガレの沢の薄い踏み跡を探して、トラバースしたりなんかしながら、なんとか帰りつきました。シーズン終わりの時期だから、もう落ちる石は落ちたかと甘く見ていましたが、ヘルメットがないと危ない崩壊ガレの連続。反省しています・・

登山と下山、同じくらい時間をかけちまいました。人生折り返しを過ぎてもまだとっちらかっているこじーでした。



ところで、山頂付近ではそろそろ冬の訪れを感じました。



僕が知っている富士山は、GWから9月までの比較的登りやすい山。
重装備を背負い、厳しい気象に耐えての厳冬期日帰りピストンは、段違いにレベルが高いんだろうなあ。

いつかは冬富士・・と言い続けているけれど、これも願えばかなうことがあるのかな。

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